一過性全健忘(Transient Global Amnesia_ TGA)について
一過性全健忘(Transient Global Amnesia:TGA)は、突然、新たな情報を覚えることができなくなる(前向性健忘)ものの、意識ははっきりしており、身体の麻痺などの症状も見られない特異な症候群です。
1. 疾患の概要と特徴
- 症状:突然始まり、通常24時間以内(多くは8時間以内)に自然に回復します。
- 繰り返し質問:「ここはどこ?」「私は何をしていた?」といった同じ質問を何度も繰り返すのが典型的な行動です。
- 対象: 主に50〜70代の中高年に多く、40歳未満での発症は稀です。
2. 病態と画像診断の進展
- 海馬領域の微小病変:MRI(特に拡散強調画像:DWI)を用いると、発症から24〜72時間後に海馬領域に、数ミリ程度の点状の高信号が検出されることが知られています。
- バイオマーカーによる裏付け:血液中の神経損傷マーカー(sNfLやsGFAPなど)に変動が見られなかったことが報告されました。これは、TGAが脳組織に恒久的なダメージを与える「脳梗塞」などとは異なり、機能性変化であることをあらためて裏付けています。
- 脳内ネットワークの不具合:研究では、海馬の構造的な損傷以上に、脳全体の記憶に関わる広範なネットワーク(機能的結合)が一時的に低下している可能性が示唆されています。
3. 発症のきっかけ(誘因)とリスク因子
TGAは特定のきっかけによって誘発されることが多いのが特徴です。
- 主な誘因:激しい運動、冷水への入浴、息ごらえ(バルサルバ動作)、性交、精神的ストレスなどが挙げられます。
- 関連疾患:片頭痛を持つ人は、持たない人に比べてTGAの発症リスクが約2.5倍高いというデータがあります。
4. 認知症やその後の経過
- 認知症リスク:TGAを経験したことが、将来の認知症や脳梗塞のリスクを直接高めるという証拠は見つかっていません。
- 再発率:約12〜27%の症例で再発する可能性があると報告されています。
5. その他:ゴルフとの関連性
ゴルフと一過性全健忘(TGA)には密接な関係があります。ゴルフのプレー中やプレー直後に、自分がどのようにコースを回ったか、あるいは今どこにいるのかが分からなくなるという症例が数多く報告されています。
ゴルフが引き金になる理由
一過性全健忘は、激しい身体活動や精神的ストレス、急激な温度変化などが引き金となって起こることが知られています。ゴルフには以下のような誘因が重なりやすいため、発症のきっかけになりやすいと考えられています。
- バルサルバ動作(いきみ):スイング時に強く踏ん張って息を止める動作が、脳の静脈圧を上昇させ、記憶を司る海馬に一時的な影響を与えるという説があります。
- 温度変化と脱水:炎天下でのプレーや、寒い日の急激な体温変化、プレー中の脱水などが脳血流に影響する可能性があります。
- 精神的緊張:集中力の維持やスコアへのプレッシャーによるストレスも要因の一つとされています。
症状の特徴
- 突然の記憶障害:新しいことを覚えられなくなり(前向性健忘)、数時間前から数日前の記憶も思い出せなくなります(逆行性健忘)。
- 同じ質問を繰り返す:「ここはどこ?」「今は何番ホール?」「さっき打ったっけ?」といった質問を何度も繰り返すのが典型的な兆候です。
- 意識ははっきりしている:記憶以外の機能(歩行、会話、計算、複雑なスイング動作など)は正常に保たれているため、周囲が異変に気づくまでプレーを続けてしまうこともあります。
対処と予後
通常、数時間から24時間以内に記憶力は自然に回復し、後遺症が残ることはほとんどありません。鑑別診断として脳梗塞、一過性脳虚血発作(TIA)、一過性てんかん性健忘(TEA) などがあります。もし身近な方がゴルフ中に前述のような混乱している様子があれば、プレーを中断させて安静にし、医療機関への受診を検討してください。


